8日の事故後、すぐに人止めされたエゾシカ・オオカミ舎。
翌日からは、ブルーシートが張られ、非展示状態にありましたが、
1月11日から、通常通りの展示が再開されました。
キナコの献花台も、レストハウスから、オオカミ舎1階に移されました。
いろいろな思いが巡り、しばらくはオオカミ舎に近づくことが出来ず、
デナリのところから眺めては、行こうか?このまま寄らずに帰ろうか?と考える。
でも、キナコの献花台もあることだし、現場をしっかり見ておこうと決意。
翌日からは、ブルーシートが張られ、非展示状態にありましたが、
1月11日から、通常通りの展示が再開されました。
キナコの献花台も、レストハウスから、オオカミ舎1階に移されました。
いろいろな思いが巡り、しばらくはオオカミ舎に近づくことが出来ず、
デナリのところから眺めては、行こうか?このまま寄らずに帰ろうか?と考える。
でも、キナコの献花台もあることだし、現場をしっかり見ておこうと決意。
そこにキナコはいませんでしたが、いつも通りのオオカミたちの姿。
サブの檻には、補修のあと。
献花台の花が、日増しに増え、屋内は花の匂いに包まれていました。
サブの檻には、補修のあと。
献花台の花が、日増しに増え、屋内は花の匂いに包まれていました。
懐かしい写真を振り返ってみます。(写真は全てキナコです)
以前(到津遊園)のキナコの担当飼育員さんから伺った、キナコの誕生秘話の中から・・・
2000年4月12日、到津遊園(福岡県北九州市)にて、
父親チャンプ、母親ナッツの間に、3頭の赤ちゃんが誕生。
1頭は生後5日で死亡。(性別不明)
2頭はその後、アンコ、キナコと命名される。
以前(到津遊園)のキナコの担当飼育員さんから伺った、キナコの誕生秘話の中から・・・
2000年4月12日、到津遊園(福岡県北九州市)にて、
父親チャンプ、母親ナッツの間に、3頭の赤ちゃんが誕生。
1頭は生後5日で死亡。(性別不明)
2頭はその後、アンコ、キナコと命名される。
アンコ、キナコという名前は、実在する姉妹からの由来とのこと。
その頃、園内のロバの乗馬のコーナーに遊びに来ていた姉妹がいたそうで、
離れた所で見ていた母親から「きなちゃん、がんばって」の声を聞き、
飼育員さんが名前を尋ねると、あんこ(姉)、きなこ(妹)だったそう。
あまりにも、印象深く、仲良し姉妹だったので、あやかったそうです。
その頃、園内のロバの乗馬のコーナーに遊びに来ていた姉妹がいたそうで、
離れた所で見ていた母親から「きなちゃん、がんばって」の声を聞き、
飼育員さんが名前を尋ねると、あんこ(姉)、きなこ(妹)だったそう。
あまりにも、印象深く、仲良し姉妹だったので、あやかったそうです。
生後53日目 キナコの後ろ足に異変が現れ、
座ってばかり・・そのうち、前足で這う事しか出来なくなってくる。
一週間後には、アンコにも同様の症状が現れる。(原因はわからず)
立てない、歩けない2頭の闘病生活が始まる。
そんな中でも、アンコは、キナコを守ろうとする行動を取っていたそうです。
そのような、行動や、関係性、名前の由来等で、
アンコの方を、姉と呼ばれるようになったのかもしれません。
座ってばかり・・そのうち、前足で這う事しか出来なくなってくる。
一週間後には、アンコにも同様の症状が現れる。(原因はわからず)
立てない、歩けない2頭の闘病生活が始まる。
そんな中でも、アンコは、キナコを守ろうとする行動を取っていたそうです。
そのような、行動や、関係性、名前の由来等で、
アンコの方を、姉と呼ばれるようになったのかもしれません。
生まれて間もなくの闘病生活。
その同時期に、到津遊園の閉園が決まってしまいます。(経営悪化のため)
チャンプ、ナッツは、栃木県の宇都宮動物園へ移動することになり、
親子離れ離れに。
チャンプは、その移動中に亡くなったそうです。(6月)
その同時期に、到津遊園の閉園が決まってしまいます。(経営悪化のため)
チャンプ、ナッツは、栃木県の宇都宮動物園へ移動することになり、
親子離れ離れに。
チャンプは、その移動中に亡くなったそうです。(6月)
アンコとキナコは、約1ヶ月の闘病の末、立って歩けるように回復。
その後、業者にわたるアンコとキナコ。
2002年12月に、一緒に円山動物園に来園。
(2002年、到津の森公園として開園、現在に至る)
その後、業者にわたるアンコとキナコ。
2002年12月に、一緒に円山動物園に来園。
(2002年、到津の森公園として開園、現在に至る)
アンコは、2006年4月23日に亡くなる。(6歳)
2008年4月11日、エゾシカ・オオカミ舎がオープン。
2008年7月29日、群馬サファリパークから、ジェイが来園。
2009年春、偽妊娠。
2008年7月29日、群馬サファリパークから、ジェイが来園。
2009年春、偽妊娠。
2010年5月14日、長男ルークを出産。
人間が用意した産室ではなく、自ら掘った巣穴で、出産育児をする選択をしたキナコ。
2011年5月9日、ユウキとショウを出産。
この時もやはり、別な場所の巣穴を選択。
ただちょっと、間に合わなかったのか、浅い穴だったようですが・・・
人間が用意した産室ではなく、自ら掘った巣穴で、出産育児をする選択をしたキナコ。
2011年5月9日、ユウキとショウを出産。
この時もやはり、別な場所の巣穴を選択。
ただちょっと、間に合わなかったのか、浅い穴だったようですが・・・
仔オオカミの成長は早く、あっという間にキナコは一番小柄な存在に。
オスたちの中での生活で、ケガを負うこともありました。
大変なケガを負っても、乗り越えてきたキナコ。
元のような声を出せなくても、キナコらしい遠吠えを何度も聞かせてくれました。
オスたちの中での生活で、ケガを負うこともありました。
大変なケガを負っても、乗り越えてきたキナコ。
元のような声を出せなくても、キナコらしい遠吠えを何度も聞かせてくれました。
「飼育下は、餌を探さなくていい、寝てばかり・・なんて言われることも多いけど、
飼育下だって、なかなか大変なのよ。」
とキナコに言われそうです。
享年12歳8ヶ月。
壮絶な最期だったかもしれないけれど、
どこまでも、オオカミらしく生き抜いたのかな。
そう信じ、感謝の気持ちで送りたいと思います。
キナコの血を受け継ぐ、やんちゃなオオカミたちを、これからも見守っていくから。
姿は亡くなってしまったけど、キナコはいつも心の中で。
飼育下だって、なかなか大変なのよ。」
とキナコに言われそうです。
享年12歳8ヶ月。
壮絶な最期だったかもしれないけれど、
どこまでも、オオカミらしく生き抜いたのかな。
そう信じ、感謝の気持ちで送りたいと思います。
キナコの血を受け継ぐ、やんちゃなオオカミたちを、これからも見守っていくから。
姿は亡くなってしまったけど、キナコはいつも心の中で。
熱帯動物館に一時移動していたキナコから、
今年までのキナコの思い出のワンシーンを集めてみました。
今年までのキナコの思い出のワンシーンを集めてみました。
1月11日現在の献花台の写真を、追記します。
お花はもちろん、キナコの写真や画、果物、遠足で訪れた子供たちからはおやつ、
キナコへのメッセージなどが、寄せられています。
ノートが置かれているので、ここで書き込むことも出来ます。
通常、献花台が設置されるのは、1~2週間ほどですが、
もう少し長くなるかもしれません? (要望済み)
1月14日現在、さらにテーブル1つ分のお花が増えています。
お花はもちろん、キナコの写真や画、果物、遠足で訪れた子供たちからはおやつ、
キナコへのメッセージなどが、寄せられています。
ノートが置かれているので、ここで書き込むことも出来ます。
通常、献花台が設置されるのは、1~2週間ほどですが、
もう少し長くなるかもしれません? (要望済み)
1月14日現在、さらにテーブル1つ分のお花が増えています。
コメント
ああ、mayuさんは、せつなくなるくらいに前向きに物事を捉えようと努力してらっしゃるんですね。
思いが伝わり、涙流しています。
喪失から立ち直るために、私は真っ向から向き直ることができませんでした。 目をそむけ、遠く離れた壁越しに覗きこむようにして立ち直るのに数年かかる経験が2度程。
痛み、悲しみから解放されたキナコは、たくさんの方達に愛されて幸せだったと思います。
えらいね、頑張って駆け抜けたね、キナコ・・・
MAYUさん、思い出のキナコ、ありがとう。
ただ、ただ合掌です。
MAYUさん ありがとう!!
あれから一週間
キナコの思い出 涙なしには見れませんでしたが
可愛いキナコさんが・・・心の中に
キナコの残したステキな家族に会いに円山へ
行ける日を楽しみにしています
キナコちゃんの思い出写真をありがとうございます。
本当に愛らしいですね。キナコちゃん。
私も亡くなった翌日と昨日、お別れしてきました。
たくさんのお花に囲まれみんなにとっても愛されたことを改めて実感しました。
いつもチャーミングな姿で幸せな気持ちにさせてくれたことに感謝の気持ちと、アンコちゃんと仲良く過ごしてねっと伝えてきました。
帰り道、ジェイに似たハスキー犬に出会いました。
キナコ一家の幸せをより強く願った瞬間でした。
キナコの思い出話ありがとうございます。
キナコ波瀾万丈の狼生だったんですね。
献花台、どれくらい皆さんからのお花が届いているんでしょう。
室内の画像がありましたらアップしていただけると嬉しいです。献花台があるうちにはとても行けそうにないので…。
素敵な写真、動画。
思いがこみ上げて、言葉がうまく
出てきませんが…
ほんとに遠くから、円山に来て
お母さんになったんですね。
たくさんの人、家族から愛されたから
キナコさんは、こんなに可愛い
オオカミに育ったのかな。
初めまして。
いつも拝見させて頂いています。
キナコの思い出話と写真、ありがとうございます。
涙が出ます。
私も先日、献花に行き、天国のキナコに「ありがとう」を伝えてきました。
キナコは本当に世界で一番やさしくて、かわいいオオカミでした。
ずっとキナコファンでいたいと思います。
MAYUさん キナコの可愛い姿を
アップして下さってありがとうございます。
MAYUさんの言葉と共にキナコの写真を見ましたら
気持ちが少し穏やかになりました。
キナコが愛するキナコの大切な家族を
これからもずっと見守っていきたいと思います。
mayuさん 初めまして、
ある日ふと、到津遊園の狼達はどこへ行ってしまったんだろう?と思い検索するうちに
mayuさんのblogと出会い毎日楽しみに拝見しておりました。
かわいい大好きなキナコちゃんが亡くなってから初めて、
私の探してた家族だったことを知り、涙が止まりません。
北九州から北海道までの道のり大変な狼生だったのですね。
キナコちゃんのお別れには行けませんが北九州よりご冥福お祈り申しあげます。
MAYUさん、アップありがとうございます。
キナコが円山動物園にくるまでのこと、知らなかったです。
ジェイや息子たち・・家族団欒で過ごせるまでには、
たくさんの苦労があったんですね。
アップしてくださったキナコが、あまりにもかわいくて・・
でも、サブ放飼場には、いるべき彼女がいなくて・・・
テーブルには、彼女が愛された証しがたくさん供えられ・・・
訃報以来、初めて泣きました。
もう、いないんですね・・・本当に・・・
ダメだ・・、まだ、ありがとうも さよならも 言えない・・
献花台の写真、アップしてくださってありがとうございます。
ほんとにみんなに愛されたオオカミだったんですね…。
キナコありがとう。
MAYUさんありがとう。
このブログを通して、味わっていることのすべて、感謝しています。
動物の日々の営み、そして短い生涯。響くことのなんと大きいことか。
悲しいけど動物たちはみんな天国で、本当の安らかさを得た・・と信じます。
初めまして
泣いちゃうのに見に来てしまう世界で一番可愛いキナコの写真
献花台のアップもありがとうございました
知らなかったきなこの生い立ち初めて
知りました。
ありがとうmayuさん。
いろんな事がわかりきなこの事、今まで以上に
好きになりました。
最後はやすらかに逝ってほしかった、ただそれだけです。
弓山さんどうしてるかな・・・
キナコの人生には色々なことがあったんですね。
ジェイとの出会いは本当に嬉しかったんじゃないかなと思います。
多摩のオオカミ舎でもキナコの話を何度か聞きました。みんなの人気者だったんだなあとしみじみ感じました。
MAYUさん
キナコの狼生を、綴ってくださりありがとうございます。
こんなにたくさん、色んなことがあったなんて・・・
MAYUさんのおかげで、今更ですが
キナコに少し、近づけたような気がします。
私も、近いうちお別れに行きたいと思います。
泣かないように・・・。
年末年始の忙しさでインターネットをする時間がなく、久々に開いたパソコンで訃報を知りました。
ジェイのふるさとの富山に住んでいて、ファミリーパークのサスケたちのことを調べるうちに、こちらのブログに辿り着き2年前からブログを拝見させて頂いています。
昨年秋に北海道を旅行した際、念願だった円山動物園を訪れました。
訪問の3週間前に15年間一緒だった愛犬を亡くしていたこともあり、同行者に無理言ってオオカミ舎に1時間以上滞在しました。
今年も北海道に行って会いたいなと思っていたのにこんなことになってしまいとても残念です。
しかし、こんなにも多くの方から愛されていたキナコのことを思うと、悲しんでいるだけではなくてキナコの残してくれたものに向き合っていかなければいけないですね。
どうか安らかに・・・